きみと同じ歳のころ

いつも眠たい人が書いた文章置き場

鳥綱

「いろいろなことがありすぎて、なにもなかったみたい」という台詞の言い回しが好きだ。分かる、分かるぞ。詩的な表現にはかなさを感じると同時に、「だけどそれじゃあもう、私にはどうにもできない」という諦めすらその台詞から感じる。そしてその台詞を言うのは、麦わら帽子をかぶり、白いワンピースを着たひまわり畑が世界で一番似合うロングヘアーの女の子だ。私には分かるぞ。夏に言ってほしい。風で飛びそうな麦わら帽子を押さえながら。

しかし、心に蛮族を飼い、いま現在社会(会社)の荒波に体や心を砕けられている真っ最中である私は上記の台詞を改変してこう言いたい。

「いろいろなことがありすぎたから、なにもなかったことにしたい」

これに、尽きる。
私は常に「なかったことにしたい」「記憶をなくしたい」「一生思い出せないようにしたい」という負の感情を抱えながら生きている。忘れたい生き物、忘れられない生き物。忘れたくないことは忘れるのに、忘れたいことは忘れられない不毛な生き物。